2014年3月26日水曜日

嗚呼、カレーライス。

 「漁ちゃん、何で肉が入ってないの?」と言って、奈緒は怒った。怒りながら目に涙を浮かべていた。
ボクは何故、奈緒が泣いているのか分からなかった。カレーに肉が入っていないことが、そんな泣くほどのことなのか。ボクにとっては不思議なことでもなんでもない、普通のことだと思っていたのだ。

「カレーに肉を入れなきゃあかんのか?」
奈緒の怒った顔が、呆れ顔に変わった。そして言った。
「カレーは肉を入れるものよ」


ボクは、カレーにそんな決まりがあるとは、今の今まで知らなかった。別に貧しいからといってケチッたのではない。幼い頃からそれが普通であって、極稀に鶏肉が入っていたこともあったが、それはそれで特別な場合だけと思っていた。



















母が病気がちだった幼い頃、家族で代わる代わる食事の手伝いをしていたので、凝ったものでない限り、とりあえず何でもできるようになっていた。
奈緒と結婚した当初、共働きしながら暫く大阪の下町の安アパートで暮らしていた。妊娠したと分かってから、ボクはそうして時々食事の準備をするようになった。

「あなた、カレーに肉入れたことないの?」
「ないことはないけど、そんなに肉が欲しいんか?」
「そういうことじゃなくて、カレーは肉で味付けするものよ。そんなことも知らないの」
「いや、昔、我が家では野菜中心のカレーが普通だったけど・・・」
「そんなんおかしいよ。肉で味付けしないカレーなんかあり得ない。絶対おかしい」

せっかく作ったのに、そんなに目を剥いて怒ることでもないのにと、ボクは思った。
「わたし、肉の入らないカレーなんて食べないからね」
そう言って奈緒は、冷蔵庫から豚肉を出して、解凍もせずに炒め始めた。それから肉の入っていないカレーを温め直し、炒めた豚肉を入れて再び煮詰めた。

「漁ちゃん、あなた肉の入らないカレーって美味しかった?」
「うん、美味しかったよ」
「ふ~ん。で、何を入れたの?」
「ジャガイモと人参と玉ねぎ、玉ねぎがなかったら青ねぎ入れてた」
「えっ、それだけ?」
「そうや。それだけ。でも、美味しかったよ。カレーの香辛料がツーンと鼻にきて、あれ以上美味しいものはないと思ってた」
「へえ~、珍しいね。わたしは肉の入らないカレーを食べたことないから分からないけど・・・」
奈緒は言い過ぎたと思ったのか、幼い頃のボクの話しを静かに聞いていた。

ボクが初めてカレーを食べたのは、確か小学校に入った頃だったと思う。その頃、父たちはカレーライスのことをライスカレーと言っていた。


ボクは「世の中にこんな美味しい食べ物があるのか」と思った。それからというもの、年に数回のカレーの日が待ち遠しかった。村の小学生の子供会で、誕生会が開かれた。誕生日に当たる家庭では、冬はぜんざい、それ以外はカレーライスが定番になって振舞われた。


あのツーンとしたカレーの香りは、鼻腔をくすぐり、野獣のような食欲をわかせた。今でも、新鮮な記憶として蘇るのであった。




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