2014年3月28日金曜日

夢の中の祭囃子

あの日のことを思い出す度に、
ボクの中で祭囃子が鳴り始める。
トントコトン、トントコトン、トントコトントコトントコトン・・・

あれはいつだったか。
小学生になっていたのか、それともまだであったか。























母はその頃、すでに心臓を患っていた筈である。
しかし峠越えができたくらいだから、まだ体力は残っていたのだろう。

土用の丑の日を迎えると、祭の便りが急に増えてくる。
真っ青な空に入道雲。風鈴の音。揺れ動く団扇と下駄履きの浴衣姿。


金魚すくいにヨーヨー。りんご飴と綿飴。
ニッキと黒ボウ。ランンイングシャツに学帽・・・

ボクの記憶画面は、いつも大人の腰から下の世界であった。
大人たちの間を縫うように走る。


壊れたレコードのようにその間を行ったり来たり。
時間は止まったままだ。

ある瞬間、櫓の輪から子ども姿が消えた。
打ち上げ花火の音に、思わず振り向く。
けたたましい爆竹の爆裂音が響き、白い煙が大人たちの間を這った。
蝉の鳴き声は、やがて細くなって祭音頭がこだました。

真っ白に白粉を塗った大勢の狐が、櫓を囲んだ。
そして、和太鼓の乾いた音が頭上で響く。
トントコトン、トントコトン、トントコトントコトントコトン・・・

母に連れられて行った先は、

母の実家にほど近い神社の境内であった。

山のような櫓に和太鼓が置かれて、
赤銅色に日焼けした若者が櫓を囲んでいた。
白狐たちが、コーンコーンと飛び跳ねる。

母の実家は、ボクの生まれた村から

更に山越えしなければならなかった。コースは2つ。
ひとつは隣の温泉町を経由して行く「楽々安全コース」。

いまひとつは山越えの
「チャレンジ・アドベンチャーコース」である。

温泉町を経由すればバスが使えるし楽であったが、

母はせっかちであった。

温泉町を経由するコースの半分の時間で済む、
山越えのアドベンチャーコースでショートカットするのを選んだ。

険しい山越えである。土地勘がなければ、まず遭難は必至。

それに当時、噂されていた事件に巻き込まれるおそれがあった。
事件現場はヨーカン林であった。

ヨーカン林はボクの家と母の実家の、

ちょうど中間にあった。ということは、つまり山の中である。

ヨーカン林は、大きな杉木立の森で、昼間でも薄暗かった。

杉林の地面には陽が殆ど届かないから、
雑草も少なく、数十センチ幅の山道が見て取れた。

母や村の人たちが言うところの「事件」とは、こうであった。

ある旅人が、このヨーカン林にさしかかった時、

絶世の美女と出くわした。
女性は草履の鼻緒を切って困っている。

旅人は見るに見かねて修繕してあげた。女性はそのお礼にと、
隣村で求め持っていた包みを旅人に渡した。

包みの中は村の名物の羊羹だという。

旅人は、一度は断ったものの結局受け取った。

旅人は、反対方向へ去る女性を見送って、
先を急いだ。村の茶店が見えてきた。

茶店で腰を下ろし、汗を拭う。

汗が出るのは険しい山越えばかりではなく、
女性から受け取った羊羹のせいでもあった。
旅人は、茶をすすりながら、懐から包みを出した。

疲れた時ほど甘いものが欲しくなる。旅人は好運であった。
しかし、事件は次の瞬間起こった。


羊羹であった筈の包みの中味が、なんと、牛の糞に化けていたのだ。
旅人の脳裏に祭囃子が聞こえていた。
トントコトン、トントコトン、トントコトントコトントコトン・・・





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